この記事では家族信託について分かり易く解説します。既存の制度の組み合わせでも十分にできることや家族信託でしかできないことを示し、効果的な使い方を紹介します。

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更新日
2023.08.17
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村山澄江

親が健在なうちに知っておきたい【家族信託】をやさしく解説

村山澄江

この記事を監修した専門家

司法書士村山澄江

親が健在なうちに知っておきたい【家族信託】をやさしく解説

日本は高齢化に伴い様々な問題が生じています。その問題の一つに財産の管理や承継があります。

平均寿命が延びたことから本人や相続人である配偶者が認知症となってしまい、十分な財産の管理や円滑な資産承継が難しくなってしまうケースが見られるようになってきました。第一生命研究所の発表によると、2030年には認知症の方々の保有する資産が215兆円に達するとされています。

参照:第一生命研究所

そんな中、最近注目されているのが「家族信託」の仕組みを使った財産の管理と承継です。

改正信託法が2007年に施行されて早10年となりますが、徐々に個人でも家族信託を利用した事例が見られるようになってきました。

但し、「信託」という言葉自体に馴染みのないことも多く、「信託って一体なんなの?」、「使うことは本当に得なの?」と思われている方も多いと思います。

そこで、この記事では、まず信託とは何なのかについて解説いたします。信託は、一見するととても自由な仕組みですが、遺贈や任意後見契約等の既存制度を使えば充分対応できることもあります。

読者の皆様には、既存制度も知っていただき、それを理解した上で、選択肢の一つとして信託を検討していただくという流れがよいと思います。そのため既存制度(ここでは信託以外の方法を既存制度と表現します)についてもご紹介します。

そして、最後に既存制度ではできないことと、信託ならできることを知ることで、信託の本当のメリットをご理解いただくことを目指します。

親がいわゆる高齢者といわれる年齢に達しており不安な方や、これから相続を迎える方、子どもに障がいがあり将来が不安な方等々は、ぜひご参考にして頂ければと思います。

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1.信託とは何か

1-1.信託で登場する3人

信託とは、「信じて託す」と書きます。誰かを信じて財産をゆだねる状態のことを信託と呼びます。

信託を使う際は、「委託者」、「受託者」、「受益者」という3役が登場します。財産を託す行為を行う人を「委託者」、託される人のことを「受託者」、託された財産から利益を受ける人を「受益者」と呼びます。

ここからは、信託で「託す・託される」ものの対象を不動産に絞って話を進めます。

一般的な信託の形式

一般的な信託の形式

  • 委託者:財産の所有者、財産を預ける人
  • 受託者:財産を預かり、管理・運用・処分する人
  • 受益者:財産の運用・処分で利益を得る権利を有する人

信託で登場する3人

アパートの所有者であるAさんが、アパートをBさんに信託し、Cさんが賃料収入を得る権利を持つケースを想定します。

この場合、元々アパートを持っていたAさんは「委託者」、信託されるBさんは「受託者」、賃料収入をもらうCさんは「受益者」となります。信託において、Cさんの受益者として持つ権利を「信託受益権」と呼びます。

委託者のAさんと受託者のBさんは「信託契約」を締結します。信託契約によって登記簿上の名義はAさんからBさんへ移ります。

Bさんはアパート管理を行うことになります。財産の管理は、単純な維持・修繕だけではなく、運用や活用、売却といった本人の判断を必要とする広い意味での管理も可能です。

信託受益権を持っているCさんは賃料収入または売却収入を得る権利があります。

信託受益権は、実質的には不動産の所有権と同じような価値を持つため、受益権そのものを売買することもできます。つまり受託者(財産を管理する人)はBさんのまま、信託受益権だけをCさんからDさんへと売ることも可能です。

信託には、商事信託と民事信託があり、ビジネスで行われる商事信託では、内閣総理大臣の免許を受けている信託銀行等が受託者となり、オフィスビル等の信託受益権が投資家の間で売買される形が取られています。

ここまでが、一般的なビジネスで行われる信託の仕組みです。

1-2.家族信託とは何か

家族信託という法律用語があるわけではありません。家族信託は民事信託と呼ばれる信託であり、一般的に家族間で行われることが多いため家族信託と呼ばれています。民事信託では未成年者を除き、誰もが受託者になることができます。

ビジネスの世界(商事信託)では信託銀行等が受託者となりますが、家族信託では信頼できる親族や一般社団法人等が受託者となります。商事信託と違い、民事信託を使う場合は信託業の免許は不要です。

家族信託を利用するご家族の目的は、個人の財産管理や円滑な資産の承継です。自分の意志で信託を行い、自分が他界した後や認知症になったとしても問題が発生しないように事前に対処しておきたいと希望する方が利用しています。

また、障がいを持つお子さんのために、将来的な財産給付や支援を目的に家族信託を利用する方もいます。

信託を使うと、管理・処分する権限が受託者に移行するため、受託者は、財産を委託者の意図に従って管理・処分することができるようになります。

例えば、何も対策をしていない状況で不動産の持ち主が脳の病気や認知症になると、正常な判断で財産を売却することができなくなり、成年後見人(裁判所が選任する法定代理人)をつけないと売れない、と言われる可能性が高くなります。

家族信託を利用すると、不動産の持ち主が脳の病気や認知症になったとしても、受託者が本人の不動産を売却できる状態になっているため、成年後見制度(法定後見制度)をなるべく使いたくないという方々のニーズに応えることができます。

家族信託の基本の形は、当初は本人が委託者でもあり受益者でもある、という「自益信託」です。この自益信託に対して、委託者と受益者を別の人にする形を「他益信託」と呼びます。

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“ 信託の具体例 ”

高齢の母親Aさんと娘Bさんのケースをご紹介します。母のAさんが自宅を信託財産として娘のBさんに信託し、Aさんはそのまま住み続ける例を考えます。

Aさんが委託者兼受益者、Bさんが受託者になる自益信託の形です。BさんはAさんのために自宅を管理します。AさんとBさんで信託契約を交わし、登記簿の名義を「信託」を原因としてAさんからBさんへ移転します。

Aさんが認知症等で老人ホームに入居するために自宅を売る必要が生じた場合、Bさんが売却の手続きを行います。売却によってできたお金は、受益者であるAさんのお金なので、Bさんは、引き続きBさんが管理する信託専用の口座でAさんの生活のために金銭を管理していきます(受託者は、自分のお金と混ざらないように必ず信託専用の口座を作ります)。

信託を設定するときに、委託者と受益者を別の人(他益信託)にする場合、信託スタート時点から利益(受益権)が移転することになり贈与税の対象になってしまうので、認知症対策としての家族信託は自益信託の形を作ることが多いのです。

実際に家族信託を使いたい、という場合は、信託契約書を作成して自分たちの実現したいことを契約書の中に盛り込んでいくことになります。

“ 信託契約 ”

信託契約を結ぶ当事者は委託者と受託者です。信託契約書に記載する事項は、信託に関わる人(委託者・受託者・受益者など)、信託の目的、信託財産の内容、管理方法、信託の終了、終了後の財産の帰属先などです。

この契約書に、具体的な管理方法として記載のあることは受託者が行うことができますが、記載のないことはできません。よって、将来的に信託財産をどのように管理運用してほしいのか(賃貸、売却、建替えなど)をしっかりと考えたうえで、内容を決めていくことが重要になります。

また、信託の終了事由と終了した場合の財産の帰属先を記載することにより、信託した財産について遺言と同じ機能が働きます。

例えば信託の終了事由に「本信託は、Aが死亡したときに終了する」と記載しておきます。

加えて「本信託が終了した場合、残余の信託財産についてはBに帰属する」と記載しておくと、信託終了後、財産の所有権(自宅、または売却してできたお金)を確実にAさんからBさんへ移転させることができます。

家族信託は、信託契約によって様々なことを柔軟に取り決めることができ、とても自由度の高い仕組みであるという点が最大のメリットになります。

1-3.売買や贈与との違い

不動産を信託すると、不動産の名義が委託者から受託者へ移転します。但し、信託による名義の移転は、売買や贈与ではないことがポイントです。

信託による所有権移転登記は、管理処分権限が受託者へ移転するだけで価値(受益権)の移動はないため、不動産取得税や贈与税は発生しません。但し、登記する際に所有権移転登記にかかる登録免許税が発生します。登録免許税は、原則、不動産価格(固定資産税通知に記載のある価格)×0.4%です。

不動産の登記簿には、「信託目録」が作られ、信託契約に記載した内容が反映されます。信託目録には、委託者・受託者・受益者の名前の他、信託の目的、財産の管理方法、信託の終了事由等が記載されます。

一方で、固定資産税の通知は、登記簿上の名義人である受託者の住所へ発送されることになります。

よって、不動産とともにある程度の金銭も信託してもらい、預かった金銭の中から受託者が支払いをする、とするケースが多いです。

1-4.家族信託が注目されている背景

家族信託が注目されている背景

家族信託が注目されている背景には、高齢化や家族の在り方の多様化といったことが挙げられます。

高齢化が進むと本人や配偶者の認知症リスクや、病気やけがにより寝たきりとなるリスクが増大します。

本人に判断能力が無くなってしまうと、物件の適切な管理や売却ができなくなります。物件が塩漬けになってしまえば、修繕ができなくなったり、物件を売ったお金で施設に入居したいという時になって売却ができない等、困ることが出てきます。

また、子供が病気や障がい等で経済的な自立が困難な状態となっている場合にも、親が他界した後の経済的支援の方法として家族信託に注目が集まるようになってきました。

家族信託は「当事者の契約」という行為で内容を希望に沿った形で定めていくため自由度が高い点や、成年後見制度と違って財産管理の方法を裁判所の指示に縛られることがないという点が注目されている理由です。

1-5.家族信託の注意点

家族信託の注意点

しかしながら、家族信託を使う場合、注意が必要です。

前節でも解説しましたが、信託契約時には、不動産取得税や贈与税等の流通税といわれる税金がかかりませんが、税金が消えてしまうわけではありません。受益権(実質的な価値)が移動したときに税金がかかります。生前に受益権を渡せば贈与税の対象となり、相続によって相続人に受益権が移れば相続税の対象となります。つまり、節税のシステムではないということです。また、信託をすることによって、今まで使えた控除が使えなくなるという事もなく、税金についてはメリットもデメリットも特にない、ということができます。

信託税制は、まだ「こういう場合はどうする」という取り決めが不十分であり、将来税制が変わる可能性があることも考慮して利用する必要があります。相続税がかかりそうな財産状況の場合は、税理士にも信託契約内容を確認してもらうことをおすすめします。

そのため、家族信託だけに注目するのではなく、他の制度もあわせて検討するという姿勢が重要になります。自分の実現したいことが、どうしても既存制度では無理だということであれば、家族信託を利用するのが良いでしょう。

2.信託を使う前に知るべき既存制度

この章では既存制度について解説いたします。

2-1.条件付贈与又は遺贈

財産を特定の人に移す方法として、贈与や遺贈があります。贈与とは生前に特定の人に財産をあげることですが、遺贈は遺言によって本人の他界後に特定の人に財産をあげる制度です。

贈与や遺贈には、条件を付けることができます。条件を付けた贈与や遺贈を負担付贈与または負担付遺贈と呼びます。

例えば、負担付遺贈の条件の例としては、「障がいを抱えた子どもの面倒を見る条件で財産を遺贈する」とすることができます。

そのため、残された子どもが障がいを抱えており、本人が他界した後に不安が残るようなケースでも、信頼できる誰かに負担付遺贈をするという方法があります(ただし遺贈を受けた人が義務を履行しない可能性もあるので、実現可能性についても検討する必要があります)。

2-2.既存の財産管理機能

既存の財産管理機能

財産管理を必要とするケースとして、所有者の認知症等で判断能力が不十分となる場合があります。

将来、自分が認知症になった場合に備え、あらかじめ自分で後見人を指定しておくことが可能です。これを任意後見契約と呼びます。

任意後見人は本人の判断能力が低下した時から、代理人となることができます。任意後見は必ず公正証書で契約を結ぶ必要があります。本人の判断能力が低下したら、家庭裁判所が職権で任意後見人を監督する「任意後見監督人」という人(弁護士や司法書士などの専門職)を選任します。その監督人のもとで本人の財産管理をすることになります。任意後見人の報酬は当事者間で自由に決められますが、任意後見監督人の報酬は裁判所が決定することになります。

そもそも、成年後見制度には2種類あり、自分の意思で契約することによって将来の後見人を決めておく「任意後見」と、すでに判断能力が低下している方が裁判所へ申し立てをすることにより後見人が選任される「法定後見」があります。法定後見の場合は、裁判所が後見人を選任するため、親族が選ばれるかどうかは申し立ててみないとわかりません。場合によっては弁護士や司法書士が代理人に指定されることもあります。弁護士や司法書士などの専門職が選任された場合は、年間の後見人報酬を本人の財産から支払っていくことになります。報酬は裁判所が決定しますが、目安として月2万円~となっています。

そのため、将来の後見人をあらかじめ本人が指定しておきたい場合には、認知症になる前に任意後見契約を検討することになります。

さらに任後見契約を契約するときに、あわせて財産管理委任契約をすることも可能です。判断能力は落ちていなくても、身体上の理由で財産管理をお願いしたい場合等に備えてやっておくと便利な契約です。

2-3.既存制度ではできないこと

家族信託、任意後見、法定後見、負担付遺贈、どれが一番すぐれているか?と考えるのではなく、まずは『ご自身が将来どのように生活をしていきたいか、万が一のときは誰に財産管理をお願いしたいのか、そして死亡したらどのように財産を承継したいのか』をしっかりと考え、『それを実現するためにどんな方法を使ったら解決できるかな?』という視点で考えていくことが重要なのです。

既存の条件付贈与又は遺贈では、以下のような特徴があります。

既存の条件付贈与又は遺贈では、所有権が贈与や遺贈をした人に完全に移転してしまうため、所有権移転後に強制的に長期の条件を課すことができないのです。

また2次相続はコントロールできず、数代に渡る承継者の指定をすることができません。

3.家族信託を使った方が良いケース

家族信託の特徴として、遺言では実現できない2次相続以降の承継方法まで決めることができるという点があります。例えば、先祖代々引き継いできた土地のように、財産の移転先を一代限りではなくその次以降まで指定したい場合には信託が効力を発揮します。

遺言では、一回目に財産を引き継ぐ人を指定できますが、その次の相続まで強制することはできません。

一方で、信託契約であれば、次の次の受益者も指定しておくことができます。これを「受益者連続型信託」と呼びます。

4.家族信託の具体例

4-1.2次相続以降まで承継を見据えたい場合

家族信託のメリットの1つが、2次相続以降も承継先を指定できるという点です。
例えば、こんな家族構成のケースで考えてみましょう。

家族構成

父名義の不動産を何も対策せずに放置した場合、売却したいときに父の判断能力低下により売却できない可能性があります。また、父が死亡したときに母の判断能力が低下していると、遺産分割協議ができず相続手続きが滞る可能性もあります。

そこで、委託者兼受益者を父、受託者を長男(予備の受託者として長女を設定)として信託契約を設計します。受益者は、父→母→長男・長女へ承継させるとする受益者連続型信託です。父と母の両名が死亡したら信託を終了させます。

長男へ自宅とお金(の一部)を信託することにより、父の判断能力が低下したとしても管理権限は長男へ移っているので安心です。また、父が死亡した際、母が認知症だったとしても、信託財産の管理者である受託者は長男のままなので、受益権のみが母へ移り、長男はひきつづき母のために管理を続けることができるのです。信託した不動産とお金については、父が死亡した後に遺産分割協議をする必要がなく、長男が管理を続けられるということです。

その後、母も死亡したら信託は終了して、長男と長女へ等分に帰属させる、といった内容の契約書にしておくことで、父と母の認知症の対策をしながら、相続対策まで一緒に行えることになります。

4-2.障がいがある子供の将来の備えとして

障がいがある子供の将来の備えとして

障がいがあるお子様の将来を見据えて家族信託を利用するケースもあります。
子供が小さいうちは親が面倒を見ることができますが、親が高齢になってくると、親が最後まで子供の財産管理をすることが難しくなります。

親が死亡し、相続が発生したときに、子供自身が銀行で手続きをしたり不動産の名義変更を依頼することが難しいのであれば、そのためだけに法定後見人を選任してもらう必要があるかもしれません。また、通帳にお金があっても適切に使うことができないかもしれません。

そこで、信頼して財産を託せる親族等がいるのであれば、親の財産をその人に信託することにより、親が死亡したあとも、障がいのある子供についての財産管理を託すことができます。信託契約で管理できる財産は信託した財産のみなので、実務では、信託契約と遺言書をセットで備えておくことがよくあります。

まとめ

いかがでしたか?
家族信託についてみてきました。

家族信託は、自分たちの実現したいことを信託契約によって取り決めることができるため、非常に自由度が高い仕組みです。

まずは、自分たちの実現したいことが何なのかをしっかりと考えてみるということが第一歩です。家族信託やその他の制度はあくまでも問題解決のツールの一つです。どんなツールを用いたら一番理想に近い形になるかを専門家を交えて検討していきましょう。

家族によって、家族関係や財産状況はそれぞれ。ケースバイケースです。家族信託以外の方法で対策をするご家族もいますし、家族信託+任意後見、や、家族信託+任意後見+遺言、といった具合に組み合わせて使うこともあります。家族信託でなければ実現不可能な場合は、家族信託を検討する、ということになるでしょう。

この記事を監修した専門家

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村山澄江

所属 東京司法書士会 公益社団法人 成年後見センター・リーガルサポート
職業 司法書士

介護や相続の『まさか』をなくすことがミッション。おばあちゃんこだったことがきっかけで、高齢者家族のサポートに注力しはじめ、専門性を高める。  生前対策対応1300件以上。全国で講演活動をしている。著書「今日から成年後見人になりました」「認知症に備える」

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